諏訪哲史『アサッテの人』(講談社)の書評をしたときに、作品批評の存在論について考えた。 『アサッテの人』は「ポンパ」などの「アサッテ語」すらも作為的に感じてしまい使えなくなっていく「叔父」を描いた小説なので、それをまともに受け取れば「ポンパ」…
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