あなたのkugyoを埋葬する

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"終末無き言詞の戦慄"

 さて、やっとひきこもりの準備が整ったので、どんどん読んでいきます。
 ひきつづきICUさんからの作品で、"終末無き言詞の戦慄"ですね。A8の単語帳型装丁。写真はのちほど。


 さて、リングに32枚の単語カードと厚紙のカバー2枚とがつけてあるという形式で、カードには裏表に小文がつけてある。つごう63の短文が収録されているわけだ。これが64ではないというのが、私の問題にしたいところである。


 まず、装丁からこの作品への受容の態度というものが決まってくる。
 単語帳であるから、カードの順番はどうでもよい。並べ替えたりカードをいくつか取り去ったり、場合によっては新たなカードを付け加えることもできる。とすると、本のように見開き単位でどのように文章がつながっていたとしても、それは偶然であり、より本質的なのは、あるカードの表と裏とにそれぞれどのような短文があるか、という点であることになる。
 ところが、読者は与えられたカードを順にめくっていき、最後の32枚め「良い終末を。」と書かれた単語をめくった時点で、以上の態度が成立しないことを知らされる。なぜなら、32枚めの裏には、通常の本の奥付に記載されるべきことがら、作者名とか発行日とかが載っているからだ。その隣には単語帳カバーがあり、そこにはなにも印刷されていない。カバーのほうに奥付を持ってきてもよかったはずなのに、そのようになっていないということは、32枚めのカードの裏に奥付が来る必然性があったということになる。そう、これらのカードは、順序を並べかえることが許されていない、のである。
 少なくとも32枚めのカードを32枚めから動かすことはできない。読者の自由は破壊される。タイトル"終末無き言詞の戦慄"から、無限の流動性を持ったテクストであると思って読んできた読者は、32枚めで「良い終末を。」と告げられることで、終末の存在を知らされるのだ。


 私なら、奥付はカバーに載せて流動性を確保した作品にしてしまったと思う。それを最後でひっくり返したということは、単語帳形式という独自規格を提唱したこの作品じたいが、単語帳形式を批評している、ということになる。すばらしい。