10万アクセス記念・ギャラリーめぐり
ちょっと前には六本木のギャラリーをひやかしてきたが、今回は京橋のギャラリーをひやかしてきた。
鎌田あや 展
ギャルリー東京ユマニテにて。
http://www.kgs-tokyo.jp/human/2009/0727/0727.htm
姿見につけまつげを大量に貼り付けた作品がおもしろかった。手鏡を置いて眉をいじっていると、鏡の上に眉毛が落ちることがよくあるのだけど(ないですか?)、そういう状態の鏡は自分の鏡なのであって、他人の鏡がそういう状態になっているのを覗き見ることはまずないし、ましてや、そんな鏡がいくつも並んでいるとなると、展示会場の非日常性がうまく際立つ。
そういえば、プロジェクタを使って映像作品を展示してもいたのだけど、その映像が鏡に反射して後ろの壁に映っていて、ぼんやりした万華鏡のようになっていた。ああいう部屋に住みたいと思うのだが、スタッフの女の子はどう思っていたのだろう。
小野冬黄展 “メモ・部屋”
ギャルリー東京ユマニテにて。
http://www.kgs-tokyo.jp/human/2009/0727lab/0727lab.htm
ノートの扉と戸棚の扉とのイメージを重ねてある作品群が展示してあった。置いてある本物のノートは、1ページを除いてすべて糊付けしてあって、開くページはそこしかない。扉は可能性の隠喩となることが多いが、1つの扉はただ1つの可能性をしか表さないのではないか。ノートにつづられる可能性を1つに限定してしまっているところに、作品の断固とした意志を感じる。
宮川哲弥 「Image of Blue Color」
GALLERY TERASHITAにて。
……ギャルリー東京ユマニテと同じビルのB2Fに入っているはずなのだが、見つからなかった。だが、たまにはこういうアートもおもしろい。
……と、思ったら、なんと移転していたそうだ。TokyoArtBeatに登録されている住所は過去のもので、正しくは公式サイトにあるとおり、東京都中央区銀座4-4-13 琉映ビル5Fが所在地だそう。
http://www.gallery-terashita.com/main-j.html
http://www.tokyoartbeat.com/venue/94C7C72C
鈴木涼子 「Anikora -Kawaii-」
ツァイト・フォト・サロンにて。
http://www.zeit-foto.com/exhibition/suzuki09.html
フィギュアの顔部分に作者の顔をコラージュした写真の展示。
シリーズものの作品群を見る際、気になるのは前回までと何が異なっているのか、ということだ。あとから作者のサイトで比べてみるに、今回は「かわいい」ポーズが多様になった、という進展が見られるようだ。
http://www.ryokobo.com/contents/anikora3.html
はっきり言えば、3回もシリーズを重ねているにしてはやっていることが中途半端にすぎるが、これがアートの文脈というやつかもしれない。フィギュアの体型が画一的すぎて(村上隆の作品の体型にそっくり!)、これではフィギュアを使う理由がなくなってしまっている。あんなフィギュアを、いったいいまだれが、「かわいい」と思っているのだろうか?
坂田純 展
馬喰町 ART + EATにて。
http://www.art-eat.com/event/?p=369
壁一面に、バナナから作った紙を墨や黒クレヨンで汚したものがさげてある、さながらカーテンのように。つねづね、アートは人工物でなくてはならないと考えているけれども、では、いわゆる「天然素材」(ウンコとか)を使ったアートはどういうことになるのか、をちょっと気にしている。この作品を見て、そうか、森や浜へ行って出くわしたとき人類の痕跡だと思えるかどうか、というのはゆるい基準としていいかもしれないぞ、と思った。
「レイヤーズ:韓国の新進気鋭作家」展
フォイル・ギャラリーにて。
http://www.foiltokyo.com/gallery/exhibitions/layers/layers.html
今回はこれがいちばんおもしろかった。特にキム・シヨンの作品、小ぎれいなアパートの一室に小さな塩の円錐がいくつも並べてあって足の踏み場もないようなことになっているのを、モノクロ写真に撮ってある。これにはキャプションがついていて、和訳して覚えているかぎりで要約すると、
服装に皺一つなかった愛想のよい彼女が失踪してしばらくたち、同じマンションの住民は好奇心に負け、警察を呼び彼女の部屋を開けさせる。ドアチェーン越しに見えたものに住民は一様に息を呑む。部屋のいたるところに並べられた、小さな塩の円錐と、壁の隙間にめりこんだ彼女のスカート。
みたいなものだったように思う(メモしてくればよかった)。これはたぶん写真にしたことでぐっとよくなっていて、展示物にしてしまうと、観覧者が歩き回るスペースには塩を置けない。
それと、会場で売っていた書籍のなかに、「ダブル・ファンタジー:韓国現代美術展」を紹介したものがあって、これもおもしろそうだった。Won Seoungwon, "Tomorrow - Village of dogs"(2008)など(上記サイトで見られます、画像は小さいけど何が起きているのかはわかるはず)。
韓国文学についてはよく知らないんだけど、韓国アートはどれもかなり好みだ。これはひょっとすると韓国アートが好きなのではなくて、韓国のアートというと現代アートばかりになっているせいかもしれない。