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B32 覚めゆく午后,何処へも行けない(¥500)

第19回文学フリマ感想 Advent Calendar 2014 - Adventar,はじめました.この記事で2日め.
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B32 覚めゆく午后,*何処へも行けない*(¥500)

覚めゆく午后 [第十九回文学フリマ・小説|純文学] - 文学フリマWebカタログ+エントリー

 なぞめいた人物「香沼郁」をいくつもの視点から描きながら,冒頭のシークエンスへと語り進めていくおはなし.初川遊離さんの作品で,東堂冴さんによる豪華解説つき!
 「香沼郁」をめぐっていくつもの兄弟愛を描く構成はとてもおもしろい.ふつうのひとは兄弟愛はたかだか1つしか持てないものなのだけど,この作品は「日向」(ヒナ)というそれ自体が「香沼郁」とは別の人物の弟であるような人物の設定を,「香沼郁」のもとにほとんど誘拐じみた形で家出してきて,もう9年もともに弟として暮らしている,というようにすることで,形式的に見てもなかなか複雑な兄弟関係を設定している.
 語り手が複数いる作品らしく,章分けや文章で遊んでいるところもあって楽しく読める(とはいえ遊びきれていないところもあって,語り手たちを複数の別の人物として読むのがつらくなってしまう場所もある——たとえば語彙の選択がそう).なかでも,「香沼郁」を最後まで語り手に据えず,闇に消えていく人物として描き抜いた禁欲はすばらしいと思う.ただ,登場する兄弟ペアどうしが似すぎている点がちょっと不満で,そしてどれも“弟に甘えてしまってちょっと後悔している兄”という形におさまってしまうのではないか.さまざまな人物のあいだに共通点があるのはいいんだけど,共通点は違いがはっきりしたときにこそ迫力を持てると思うんだよね.
 東堂の“解説”では,登場人物たちはタイトルのとおり「何処へも行けない」ということになっているが,私は逆にこの「香沼郁」がどこへ行ってしまうかわからないというところがこの作品の魅力だと思うし,じじつ「香沼郁」は自分の行き先を語り手たちに見せることさえしていないように思える.pp. 78-79の会話での「俺ら」の使いかたなんかはみごとだ.「香沼郁」は自分のことをしゃべっているのではなく,ページごとに語り手たちに最適な態度をとりつづけているだけなのではないかとすら思える——期待を少しはぐらかし,いっぽうで気を持たせる.
 読み終わって気づいたのだけど,表紙が凹凸加工でなかなかおしゃれ.同人によるサンプル紹介(特に表紙イラスト)のイメージでピンと来たかたにおすすめ.通販もあるみたいです.

etherify 「何処へも行けない」サンプル