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イ62 段,ソラリス合同誌 二つの太陽がまた輝くとき(¥1000)

第21回文学フリマ感想 Advent Calendar 2015 - Adventar,はじめました.この記事で12日め.
私が第21回文学フリマ東京で買った本のリストはこちらです: 購入全誌感想(23評/23冊) - kugyoを埋葬する

イ62 段,ソラリス合同誌 二つの太陽がまた輝くとき(¥1000)

段 [第二十一回文学フリマ東京・小説|短編・掌編・ショートショート] - 文学フリマWebカタログ+エントリー
「ソラリス合同誌 二つの太陽がまた輝くとき」段@第二十一回文学フリマ東京 - 文学フリマWebカタログ+エントリー

 知性を持った巨大生命体惑星ソラリスを舞台にした,あのレムのSF小説 ソラリス(1961=2004,沼野・訳)を,いま流行のアイドルものとかけあわせた2次創作に供したら,さてどうなるか? 相手になるのは,アイカツ!(2012-),モーニング娘。'15,ゆゆ式三上小又,2008-),プリパラ(2014-),THE iDOLM@STER(2005-),スーパーロボット大戦

 アイドルの危険なところのひとつは,アイドルというのが孤立無援であるように見える,という点で,ステージのうえには1人で立たなくてはいけないし,たとえユニットで踊っているあいだであっても,インシデントへの対応は振り付けの範囲を超えてはならず,したがって意思疎通がままならない,という点だと思う.これは特に,がせ,“太陽の扉”(×アイカツ!)でよく表現されている.宇宙空間になんらかの任務を帯びて派遣されるアイドル,というのは異常な状況のように思えるが,その孤独さ,いまは手が届かないがゆえの仲間とのやりとりのかけがえのなさなどは,じつはステージのうえにいるときとあまり変わらないかもしれないのだ.
 そしてもう1つ,アイドル大量出現の現代において先鋭化した問題もある.アイドルはたくさんいる,かけがえのないアイドルはおらずだれもが無節操に「推し」を変えていく,そんな状況は現実以上にアイドル・ゲームの世界で切実だ.としをとることもなく,成長すらも気軽にリセットされてしまうために,「引退」がありえないゲーム内アイドルにおいては,このことはアイドルの入れ替わりというよりは,アイドルのますますの増加ということであらわされる.この大量出現のなかで希薄化していくみずからの価値に,アイドルはどのように立ち向かうか,これを扱った木口,“てんのうみよりきたるもの”(×THE iDOLM@STER)が,この本のベスト短編だろう.THE iDOLM@STERにおいて特徴的な,地の文とも言えるあの「プロデューサー」システムがあるからこその結末は,ホラーSF映画としてのソラリス(2002)を彷彿させる描写もあいまって非常にぶきみ,かつ説得的だ.ファンとしての己の記憶のなかから,ソラリスの海を使って,引退したとされるリアル・アイドル「天海春香」をよみがえらせようとする,ソーシャルゲーム版に登場するアイドル「島村卯月」,という筋に惹かれたかたは,ぜひ読むべきだと思う.(じつを言うと,ソラリスの特徴があるとはいえ,ちょっとアンフェアな記述もあるとは思うのだが)
 ほか,とまる,“ソラリスを待ちながら?ぷりっ!”(×プリパラ)は,ソラリスがプリパラ(そのなかではだれでも姿かたちを変えてアイドルになれる)に来てアイドルになる,というホラ話に挑んでいておもしろい.追田,“Beyond the time and space”(×モーニング娘。'15)は,さきごろ現実に卒業が発表された鞘師理保のソラリス幽体「リホ」がブロードウェイで過ごす日々を,コンテンポラリー・ダンスを教える語り手「ギンズバーグ」の視点から上品な筆致で語るすぐれた作品だった.ラストで語り手が迷いこむ幻想は静かな感動を呼ぶ.p. 37の

なんだか私はここで、政府のお偉いさんと、科学見識者ぶったことを話すのに馬鹿馬鹿しくなってきた。ふん、幽体Fだからなんだと言うのだ。私は相手と意思疎通が取れ、そしてその相手に幾らかの筋肉さえあれば、いくらでも肉体で会話できる。テレビの企画でサファリパークのオランウータンと踊ったことすらあるのだ。

みたいな頑固さゆえに柔軟なプロ意識の描写とか堅実でいいなあと思った.

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