あなたのkugyoを埋葬する

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「哲学の中のフェミニズムを考える」ブックフェアに参加しました

木下 et al.(eds) , 分析フェミニズム基本論文集慶應義塾大学出版会,2022)の邦訳に参加した.これはここ20年ぐらいに発表されたフェミニズム的哲学の研究を8つ選択し,それぞれ全訳したもので,訳注のほか,木下による編訳者解説も充実させている.
この発売にあわせて,慶應義塾大学出版会の企画で,「哲学の中のフェミニズムを考える」というブックフェアがあり,各地の書店で順次開催いただいている.
必ずしも同出版社の本にこだわらなくてもよいということから,私は7冊ほどまったく自由に選択させてもらい,その推薦文を書いた.全体では30冊弱となる.

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「哲学の中のフェミニズムを考える」フェア,ブックファースト新宿店にて

ベースとなる論文集が「分析フェミニズム」ということで,この5年ぐらいに各研究者たちのがんばりでもりあがってきている分野だから,日本語で書店入手が可能で分析フェミニズムっぽいものはひととおり押さえたはずだが,そのほかに私は,この 基本論文集のなかでも主要な議論として取り上げているセクシュアル・マイノリティにまつわる議論への理解を深めるのに役立つと考え,以下の2冊を特に推した.

  • 針間和己,LGBT専門医が教える心・体そして老後大全(わかさ出版,2020)
  • 寺原真希子(ed.),東京表参道法律事務所 ケーススタディ職場のLGBT(ぎょうせい,2018)

セクシュアル・マイノリティは我々の社会でいま生活している人々であるから,生活上のニーズがさまざまにある.また,ある程度の人間が集まって活動するという点で,学校と並んで社会内で大きなウェイトを占める職場というところがあるのだが,そこは校則のようなかなり私的ルールだけでなく,もっと公的な,法による規制によって労働者が保護されている.そしてこの労働者には当然,セクシュアル・マイノリティも含まれる.これらのことが確認できるような文献として推薦した.いずれも実務的な参照に耐えることを目指して作られているので,前提知識がなくとも利用できるだろうと思う.
もちろん,セクシュアル・マイノリティの当事者の多くにとって,これらは確認するまでもない,生活の一環だろうと思う.しかし,( 分析フェミニズム基本論文集 収録の論文にも見られるような )“よりよい社会を目指す”という目的を明示的に掲げた議論を考えるならば,いまの我々の社会がどういう制度を提示できているのかについて,現在位置を把握しておくべきだろう.さらには,こと哲学的議論においては,本質的な指摘をするといったそれ自体は重要なはずのお題目をかさに着て,現在の社会の状況やその来歴がむやみに軽んじられ,ポイントを外して再構成した形で話が進みがちであるのだから.
セクシュアル・マイノリティについては,「このひとたちはどんな主観的経験をしているんだろう?」「人口の何人ぐらいいるんだろう?」「妄想のような病的な状態にすぎないんじゃないか?」といった問いはよく出てくるし,それらに答える文献もあるのだが,これらは,セクシュアル・マイノリティなんて周りに見たことないけど,ほんとに存在するのかなあ? という世間知らずな動機に基づいて問われることが多いように見える.(そしてこれらの問いに答えるものとして提示される書籍も,中高生やその保護者,あるいは大学生ぐらいに向けて書かれているものが多い気がする)
しかし,我々が暮らしている社会はすでに,セクシュアル・マイノリティが急に出現してあわてふためいているような状態ではない.ともに暮らす人々のなかに,ジェンダーモダリティや性的指向がまちまちなひとが以前からいること,ひとの幸福をそんなことを言い訳にして軽んじてはならないことを受け入れられるように,法律も医療も制定され,運用が行われているのだ*1

*1:もちろん,そうでない社会や望ましい運用が得られない場所もある.